メルセデス・ベンツVLEの登場で感じる、世界のミニバン市場の波とうねりと渦潮と

みなさまこんにちは。

「人は結婚と育児を体験し、ミニバンに乗って死ぬ」

ミニバンが語られる時にこれほど有名な言葉もないでしょう。

もちろん俺たちのジェレミー・クラークソンさんがTop Gearで述べた言葉です。ネットミームにもなっているこの画像ですが、英語では実際に何と言っていたのか、気になる方も少なくないと思います。

この発言は、イギリスBBCで2006年に放送された「Top Gear」のシリーズ8、エピソード7の冒頭のシーンです。英語の原文と日本語訳、カッコ内は日本版放送時の字幕です。

And we start tonight with people carriers.
今夜はピープルキャリアーから始めます。
(最初に登場するのはミニバン)

We’ve always said that for people who’ve really given up on life.
私たちは常に、ピープルキャリアーは本当に人生を諦めた人たちためのものだと言ってきました。
(人生を諦めた人が乗るという車です )

You know, it’s born, married, children, people carriers, Stannah stair lift, dead.
誕生、結婚、子供、ピープルキャリアー、スタナーの階段昇降機、そして死。
(人は結婚と育児を体験しミニバンに乗って死ぬ )

Thing is, though, there are now some new people carriers which have come along that are supposed to be sensible and fun to drive.
しかし最近は、まともで運転が楽しそうなピープルキャリアーも出てきているのです。
(しかし近頃のミニバンは、実用的かつ運転も楽しめると評判です)

「誕生、結婚、子供、ピープルキャリアー、スタナーの階段昇降機、そして死」。これが字幕の限られた文字数では「人は結婚と育児を体験し、ミニバンに乗って死ぬ」となるのですから、これは名訳といってもいいのではないでしょうか。

ちなみに番組で「まともで運転が楽しいミニバン」として紹介されたのは、Ford S-MAX、メルセデス・ベンツBクラス、ヴォクソール・ザフィーラVXRの3台です。7人乗りで荷物も積め、ミニバンとしてはデザインのよいフォードS-MAXがイチ押しとされました。

ヴォクソール・ザフィーラVXR

このようにヨーロッパでも人気を博したミニバンですが、1990年代にアメリカで始まり、2010年代中盤以降には世界的に広がったSUVブームにより、ミニバンの販売台数は落ちこんでいきます。7人乗りのピープルキャリアー(MPV)のモデルが次第に減っていく様子を、拙ブログでも5年ほど前にまとめました。

盛り上がる日中ミニバン合戦

一方日本におけるピープルキャリアー、すなわち「ミニバン」は、米国や欧州とはまったく違った独自の進化をたどります。きっかけは、1990年のトヨタ・エスティマ、1994年の初代ホンダ・オデッセイです。それまで商用車の派生モデルばかりだったミニバン市場に、スタイリッシュで低重心で乗りやすい新たなミニバンは消費者の大きな支持を集め、日本中にミニバンブームが巻き起こりました。

そして1997年の日産エルグランドや2002年のトヨタ・アルファードの登場により、ミニバンは高級感やステータスを求める顧客層にも波及。日本ではミニバンがファミリーカーの定番としてすっかり定着しました。

言わずもがなのミニバンの王者、トヨタ・アルファード(初代)

ブームが一段落してSUVの波が押し寄せても、日本のミニバンの人気は衰えません。2025年の車種別販売ランキングを見ても、トヨタのシエンタやフリード、ノア/ヴォクシー、アルファードなどが上位を占め、ミニバン全体として安定した存在感を示しています。

トヨタ・アルファードは徐々にアジア圏に浸透し、香港では「最高の保姆車(ベビーシッターカー)」として人気を博しました。1997年の香港返還後は中国本土への波及が進み、2010年頃から中国で正式導入されると、富裕層のステータスシンボルとして爆発的に支持されました。

2020年にはついにレクサス初のミニバン「LM」を発売。初代LMは中国のニーズに応えるために、アルファードの趣きを色濃く残すいわゆるバッジエンジニアリングに近い製品でしたが、LMは2023年には早くも2代目にフルモデルチェンジされ、いまに至ります。初代LMはあくまでも中国や台湾を中心とした地域限定モデルでしたが、2代目は日本や欧州を含む世界約60ヶ国で発売されるまでになっています。

初代レクサスLM

こうして、ミニバンは日本発の独自進化を経て、アジアを中心にグローバルな広がりを見せ始めています。特に中国では多くの高級ミニバンが発売されたり、発売予定になっています。あまりにも数が多すぎてすべてを眺めることはできませんが、主要とみられる車種だけ見ていきましょう。

GM傘下の米ビュイックは1920年代から中国市場で展開していた「老舗」で、世界販売の大半を中国が占めています。中国専用ミニバンのGL8シリーズは1999年から発売されていますが、現在は「GL8センチュリー」としてさらに拡大・高級化されたモデルが展開されています。

ビュイック・GL8センチュリー

Zeekr 009は、吉利(Geely)のプレミアムEVブランド「Zeekr」が販売する高級電動ミニバンです。2025年11月に開催されたジャパンモビリティショーにも展示されていましたので、実車を見かけた方もいるのではないでしょうか。

Zeekr 009(2024年3月に上海のZeekrショールームで撮影)

Denza D9は、BYDとメルセデス・ベンツの合弁会社が展開するプレミアムブランド「Denza」のミニバンで、中国の高級MPV市場で3年連続(2023~2025年)で、販売実績ナンバー1を達成したそうです。

Denza D9

理想汽車(Li Auto)のMEGAは、2024年3月に中国で発売された、近未来的なデザインの高級BEVミニバンです。

Li Auto MEGA

VOYAH Dreamerは、東風汽車(Dongfeng)の高級EVブランド「VOYAH」が展開する、全長5.3m超の大型高級ミニバンです。

VOYAH Dreamer

興味深いのは、ここで紹介した中国向けミニバンはいずれも商用車とプラットフォームを共用していないのです。いずれもミニバン専用か乗用車用プラットフォームを採用しており、いかに多人数のための快適な移動空間が重視されているかがよく分かります。

メルセデス・ベンツVLEの概要と発売の背景

ということで、前置きがあまりにも長くなりましたが、ここまでの話が今回の主役であるメルセデス・ベンツVLEにつながるわけです。

メルセデス・ベンツVLEは、2026年3月に発表された高級ミニバンで、従来のVクラス/EQVの後継車種となります。「グランド・リムジン」をコンセプトとして、ミニバンの多用途性と「Eクラス相当の快適性と乗り心地、ハンドリング」を両立させたということです。

VLEの先代モデルである「Vクラス」は1996年、欧州などで発売されている商用車「Vito」の乗用バージョンとして登場しました。現在は3代目(W447、2014年 – )ですが、いずれも商用車プラットフォームをベースとした「バンを高級化したミニバン」でした。

しかし、アジアを中心とした高級ミニバンのニーズに対抗するには商用車プラットフォームでは不十分。ということで、VLEはメルセデス史上初めて「VAN.EA(Van Electric Architecture)」というEV専用モジュラー・スケーラブル・プラットフォームを採用したのです。

メルセデス・ベンツVLE

VAN.EAプラットフォームとは?

この「VAN.EA」こそが、メルセデスのミニバン戦略の核心です。VAN.EAは、メルセデス・ベンツの中型・大型バン全般をカバーするモジュール式EV専用プラットフォームで、「バン」と名の付く通り、アジアの競合のような乗用車・MPV向けに独立したプラットフォームではなく、あくまでも商用車と共通のプラットフォームです。

VAN.EAが従来の商用車プラットフォームと違うところは、フロント・センター・リアの3つのモジュールで構成されている点です。フロントモジュールは電動パワートレインと前輪車軸で全モデル共通。センターモジュールはボディサイズやバッテリー容量に応じて長さを変更することができます。そしてリアモジュールは、後輪駆動用モーターの有無を選択することができます。

さらに、このVAN.EAプラットフォームは、商用車向けのVAN.EA Commercial(VAN.EA-C)と、ミニバン向けのVAN.EA Private(VAN.EA-P)が用意され、車種に応じて使い分けられるようになっています。

VAN.EA-Cは、商用利用に耐えうる積載性や耐久性、架装の容易性などが重視された構造になっていて、宅配車両から救急車、RV(キャンパーバン)など多様な用途が想定されています。まさにコマーシャルユースに特化したプラットフォームです。

これに対してVAN.EA-Pは、ミニバンや送迎車両などのピープルキャリアー向けのプラットフォームとなっていて、EクラスやSクラス水準の快適な移動空間を目指した設計となっています。メルセデスによると、商用車的な「ハードポイントや耐久部品の負担」を最小限に抑え、乗用車の技術・思想を大幅に取り入れているということです。

これまでのメルセデスのミニバンは、あくまでも商用車ベースで開発されていたわけですが、日本や中国の高級ミニバンに対抗するためにミニバン専用のプラットフォームを起こすことは難しい。そこで、バンのプラットフォームをモジュラー化して、商用車と共用する部分としない部分を分けて開発しようというわけです。

メルセデス・ベンツVLEはメルセデスの商用車部門が開発の責任を負っていますが、乗用車部門のエンジニアも開発に参加しているそうです。VAN.EA-Pで実現したVLEのシャシー性能の特徴は以下の通りです。

まずは4輪駆動の4MATIC。VLEは前輪駆動ベースですが、仕様によって後輪に電動モーターを搭載したデュアルモーターAWDとなり、最高出力はシステム合計で409 hp(305 kW)を誇ります。

そしてAIRMATICエアサスペンションでは、約40mmの車高調整が可能で、Google Mapsのデータやルート情報、地形データを活用し、走行中の道路状況(高速道路、平坦路など)を予測して、可能な限り車高を低く保つよう自動調整するそうです。

さらに、最大7度の操舵角を持つリアアクスルステアリングにより、最小回転半径は5.5m( curb-to-curb 10.9m)まで抑えられています。VLEは全長5,309mm、全幅1,999mmと日本基準では超がつくほどの大型ミニバンですが、なんと全長4.7mのGLC並みに小回りが利くというのは、さすがメルセデスです。

VLEのエアサスとリアアクスルステアリングはミニバンの商品性を謳ううえで大きなアピールになるでしょう。というのも、この2つはレクセスLMやトヨタ・アルファードには装備されないからです。

サスペンションについては、レクサスLMは電子制御可変ダンパーを備える「周波数感応バルブ付AVS」ですが、アルファードは「周波数感応型ショックアブソーバー」と呼ばれる固定ショックとなっていて、高級車のサスペンションとしてはいささか寂しい仕様です。また、リアアクスルステアはレクサスLM、アルファードともに装備されません。

トヨタ・アルファードやレクサスLMのプラットフォームは、TNGA GA-Kをベースに、ミニバン向けに大幅に改良が施されたものです。GA-Kは横置きエンジン用で、カムリやRAV4、レクサスNXなどトヨタグループの中核車種に採用されています。

2002年の初代アルファードは、当時の2代目エスティマのシャシーを流用し、1990年の初代エスティマも商用車系ではない独自のプラットフォームを採用していました。トヨタのミニバンは、すでに36年前から商用車とは決別し、独自の進化を辿っていたのです。

一方のメルセデスは、現在発売されているVクラスは商用バンベースですし、新型VLEも乗用車専用とはいえ、商用車プラットフォームのひとつのバリエーションであることには変わりありません。

メルセデスとしては、やはりEクラスやSクラスのMRAやMEAプラットフォームをミニバン向けに改良するよりも、バンプラットフォームをモジュラー化した方が開発面でも生産面でもコストを抑えることができ、自社の強みを活かせると考えたのではないでしょうか。それでもエアサスやリアステアなど、高級車開発で培った技術をふんだんに盛り込んでいますし、商用車と部分的に共有することがコストメリットにつながることは間違いありません。

このように、両者のミニバンに対するアプローチは全く異なりますが、これが商品性の違いにどのように反映されるかは非常に興味深いですね。

メルセデスは欧州高級ミニバンの希望の星

「世界最大の市場である中国を中心に、高級MPVのニッチ市場が拡大し始めており、メルセデスはこのセグメントに成長の可能性を見出している」。メルセデス幹部がこう述べているように、メルセデスがVLEを発売する理由は、やはり中国市場におけるメルセデスブランドの維持のためには、乗用車プラットフォームを用いた高級ミニバン(メルセデスのそれは一部を商用車と共有しているとはいえ)の投入が必要不可欠と判断しているからでしょう。メルセデスはVLEだけでなく、一回り大きな「VLS」の発売も計画しているように、このセグメントに可能性を感じて投資に踏み切っています。

実は、欧州メーカーで「商用車ベースでないミニバン」を発売している企業はほとんどありません。日本でもニッチな人気を誇ったフォルクスワーゲン・シャランは2022年に生産を終了して後継車種がなく、同社の高級ミニバンは中国でViloran(威然)を発売しているのみです。ルノー・エスパスはヒンジドア式のMPVでしたが、2023年の6代目ではクロスオーバーSUVに転換されました。

また、メルセデスのライバルであるBMWとアウディは、そもそもミニバンや大型MPVをラインアップに持っていません。BMWやアウディがミニバンを発売するという噂はたびたびメディアで話題になり、アウディは実際にUrbansphere conceptというコンセプトカーも発表しているのですが、現時点で発売に向けた具体的な計画があるといった話は聞こえてきていません。

今回のVLE/VLSの売れ行きが欧州車メーカーのミニバン戦略にどのような影響を与えるのか注目したいと思います。

ということで、トヨタをはじめとする日本車メーカーが築き上げてたミニバン市場が高級化、グローバル化して中国で爆発的に拡大し、そこに「元祖自動車メーカー」のメルセデス・ベンツが参入する。40年の歳月をかけて巡り巡って一回りするというのは、何とも趣深いと思いませんか。

中国製高級ミニバンが日本に大挙して押し寄せてくることはいまのところ考えにくいですが、メルセデスに関しては、日本でVクラスがそれなりに売れていることを考えれば、VLE/VLSの日本投入は間違いないとみていいでしょう。

筆者個人的には車庫の制約から5m超の車を迎え入れるのは難しいですが、どのような仕様で入ってくるか、非常に楽しみですね。

えっ、「終わるのかよ。VLEのデザインとか内装とか、もっと他に注目ポイントとかそういうのを書くんじゃないのかよ」って?

まあ、ベンツだからいつものベンツですよ。ベンツは何乗ってもベンツですから。でもせっかくなので写真だけ上げておきましょうか。それではまた。

メルセデス・ベンツVLEのフロント。こちらはAMGラインでしょうか。
VLEのリア。丸みを帯びたリアクオーターウインドウがアンバランスな気もしますが、メルセデスらしさということなのかもしれません。
VLEの運転席。フロントウォークスルー版のようです。
VLEの運転席。こちらはセンターコンソールがあります。
特等席の2列目シート。
VLEの3列目。こちらはベンチ式3座仕様です。
オラオラ系もちゃんと用意されています。
3列目を起こしてもこのスペース。積載性は十分なようです。
2+2+2の6人乗りもあるようです。
中国では欠かせない(?)後席用大型スクリーン。
VLEの大型グラスルーフ。

参考

Mercedes-Benz Vans sets the course for a fully electric future.

Mercedes-Maybach Is Building a $200,000 Luxury Minivan

Mercedes-Benz’s New Minivan Will Get The Maybach Treatment

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